北方ジャーナル事件 解説
〈解説〉
■事前抑制禁止の理論
「事前抑制禁止の理論」とは、表現活動に対する公権力による事前の規制を禁止するという原則です。
公権力による表現活動に対する事前抑制は、表現内容が「思想の自由市場」に出る前に差し止められ、表現内容についての公の批判の機会を失わせるものとなります。
「事前抑制禁止の理論」は、表現内容が自由に受け手に到達する状態を確保し、自由な言論活動を保障しようとするものです。
「検閲」は、この事前抑制の典型的な例です。
■「検閲」(けんえつ)
◇検閲の「主体」は、「行政権」か「公権力」か。二様の考え方があります。
◇判例は、検閲の「主体」を「行政権」に限定しています。
つまり、「『検閲』とは、行政権が主体となって、思想内容等の表現物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査したうえ、不適当と認めるものの発表を禁止することを」いう。
判例の立場では、「裁判所の仮処分による事前差し止め」は、「主体」が裁判所なので、検閲に該当しないことになります。
◇検閲の主体を「公権力」とする立場からは、裁判所の仮処分による事前差し止めも検閲にあたります。
しかしこの立場においも、検閲に例外を認め、裁判所の仮処分による事前差し止めを認めます。
覚えたい判例 / 北方ジャーナル事件
北方ジャーナル事件(名誉毀損と事前差止め
(最高裁大法廷判決S61.06.11)
・ 事件
北海道知事選に立候補を予定していた者を中傷する記事を掲載した雑誌の発売が準備されていた。
名誉権の侵害を予防するために、その雑誌の販売等の事前差止めの仮処分の申請により、発行が差止められた。
この差止めが違法であるとして損害賠償を求めた事件。
・ 判旨(部分)
(裁判所の仮処分による事前差止めは検閲に該当しない)
「『検閲』とは、行政権が主体となって、思想内容等の表現物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査して、不適当と認めるものの発表を禁止することをいう」。
「裁判所の仮処分による雑誌その他の出版物の印刷、製本、販売、頒布等の事前差止めは、表現物の内容の網羅的一般的な事前規制が行政機関により行われる場合とは異なり、個別的な私人間の紛争について、裁判所により、当事者の申請に基づき差止請求権等の私法上の被保全権利の存否、保全の必要性の有無を審理判断して発せられるものであるから『検閲』には当たらない」。
(表現の自由の保障の趣旨は何か。国政を決める多数意見の形成)
「主権が国民に属する民主制国家は、その構成員である国民がおよそ一切の主義主張等を表明するとともにこれらの情報を相互に受領することができ、その中から自由な意思をもって自己が正当と信ずるものを採用することにより多数意見が形成され、かかる過程を通じて国政が決定されることをその存立の基礎としているのであるから、表現の自由、とりわけ、公共的事項に関する表現の自由は、特に重要な憲法上の権利として尊重されなければならないものであり、憲法21条1項の規定は、その核心においてかかる趣旨を含むものと解される。」
(表現行為に対する事前抑制の弊害は何か。)
「表現行為に対する事前抑制は、新聞、雑誌その他の出版物や放送等の表現物がその自由市場に出る前に抑止してその内容を読者ないし聴視者の側に到達させる途を閉ざし又はその到達を遅らせてその意義を失わせ、公の批判の機会を減少させるものであり、また、事前抑制たることの性質上、予測に基づくものとならざるをえないこと等から事後制裁の場合よりも広汎にわたり易く、濫用の虞(おそれ)があるうえ、実際上の抑止的効果が事後制裁の場合より大きいと考えられるのであって」、
「表現行為に対する事前抑制は、表現の自由を保障し検閲を禁止する憲法21条の趣旨に照らし、厳格かつ明確な要件のもとにおいてのみ許容されうる」。
(厳格かつ明確な要件のもとにおいてのみ事前差し止めは許される)
「名誉侵害の被害者は、人格権としての名誉権に基づき、加害者に対して、現に行われている侵害行為を排除し、又は将来生ずべき侵害を予防するため、侵害行為の差止めを求めることができる。」
(事前差止めが許される実体的要件について)
「人格権としての名誉権に基づく出版物の印刷、製本、販売、頒布等の事前差止めは、右出版物が公務員又は公職選挙の候補者に対する評価、批判等に関するものである場合には、原則として許されず、その表現内容が真実でないか又はもっぱら公益を図る目的のものでないことが明白であって、かつ、被害者が重大にしていちじるしく回復困難な損害をこうむるおそれがあるときに限り、例外的に許される。」
(事前差止めが許される手続的要件について)
「公共の利害に関する事項についての表現行為の事前差止めを仮処分によって命ずる場合には、原則として口頭弁論又は債務者の審尋(しんじん)を経ることを要する」。
しかし「債権者の提出した資料によつて、表現内容が真実でないか、又は専ら公益を図る目的のものでないことが明白であり、かつ、債権者が重大にしていちじるしく回復困難な損害をこうむるおそれがあると認められるときは、口頭弁論又は債務者の審尋(しんじん)を経なくても憲法21条の趣旨に反するものとはいえない。」
行政行為
「問」 行政行為に関する次の記述のうち、誤っているものはどれでしょうか。
1,行政行為とは、行政庁が一方的に国民に対して具体的事実に関して規制をする権力的作用である。
2,法律行為的行政行為とは、行政庁の意思表示を要素とするもので、命令的行為と形成的行為がある。
3,認可とは、第三者の法律的行為の効力を補充し、これを完成させる行為であり、契約の有効要件である。
4,行政行為に付着した瑕疵は、すべて無効あるいは取消しの原因となる。
5,行政行為が無効となるのは、重大かつ明白な瑕疵がある場合とするのが判例である。
「解答」 4 誤りです。
誤算その他表現上の誤りなど軽微な瑕疵を「誤謬」(ごびゅう)といい、取り消さなければならない必要性を欠くものがあります。
また、行政行為自体は違法であっても、その違法の程度が軽微であり、それを取り消すと法的安定性を損なうような場合、及び、その後の事情の変化により実質的にみればそれが是正されたような結果となった場合に、その行為を有効なものとして取り扱う(瑕疵の治癒)場合もあります
■行政行為とは、行政庁が(行政機関のトップ)、一方的に(権力的)、国民に対して(行政内部ではありません)、具体的事実に関して(一般的、抽象的ではありません)規制をする権力的作用です。
覚えたい判例 / チャタレイ事件
チャタレイ事件(わいせつ文書の頒布禁止)
◆判例 S32.03.13 大法廷・判決 昭和28(あ)1713 猥褻文書販売(刑集第11巻3号997頁)
【要旨】
一 刑法第一七五条にいわゆる「猥褻文書」とは、その内容が徒らに性欲を興奮又は刺戟せしめ、且つ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善
良な性的道義観念に反する文書をいう。
三 文書が、「猥褻文書」に当るかどうかは、一般社会において行われている良識、すなわち、社会通念に従つて判断すべきものである。
六 芸術的作品であつても猥褻性を有する場合がある。
七 猥褻性の存否は、当該作品自体によつて客観的に判断すべきものであつて、作者の主観的意図によつて影響されるものではない。
九 憲法第二一条の保障する表現の自由といえども絶対無制限のものではなく、公共の福祉に反することは許されない。
【参照・法条】
憲法の保障する各種の基本的人権についてそれぞれに関する各条文に制限の可能性を明示していると否とにかかわりなく、憲法一二条、一三条の規定からしてその濫用が禁止せられ、(公共)の(福祉)の制限の下に立つものであり、(絶対無制限)のものでないことは、当裁判所がしばしば判示したところである。
この原則を出版その他表現の自由に適用すれば、この種の自由は極めて重要なものではあるが、しかしやはり(公共)の(福祉)によつて制限されるものと認めなければならない。
そして性的秩序を守り、最少限度の性道徳を維持することが(公共)の(福祉)の内容をなすことについて疑問の余地がないのであるから、本件訳書を猥褻文書と認めその出版を(公共)の(福祉)に違反するものとなした原判決は正当であり、論旨は理由がない。